エヌビディア(NVIDIA)やヤフー(Yahoo!)はもともと台湾系移民が創業した米国企業です。ほかにも、中国や韓国、インドから勃興してきたグローバル企業は数多く、「Fortune Global 500」では、香港を含む中国企業が2年連続で最多リストアップ(2021年は135社)されています。

 日本の内需は伸び悩んでいますが、世界のマーケットへ視点を移せば、日本企業にも上記のようなアジアを発祥とした企業と同様の機会があるはずです。私たちトレジャーデータは、デファクトスタンダード(事実上の標準)のマーケットを取るために、シリコンバレーで創業したことについて、前回、触れました。

 なぜ近年、世界的企業が日本で立ち上がりにくいのか。トレジャーデータの取ってきたビジネスをグロースするための戦略、そして実際にGAFA(米グーグル、米アップル、米フェイスブック=現メタ、米アマゾン・ドット・コム)とビジネスで対峙したときに我々が下した判断などに触れながら、私なりの考えを数回にわたって記していきたいと思います。

 もちろん、私たちも依然として挑戦の途上にあります。このようなことを書くのはおこがましくもあるのですが、ある起業家の提言としてお読みいただければと思います。

 まず、前提として触れておくことがあります。日本から世界的なユニコーン(企業価値10億ドル以上の企業)、デカコーン(企業価値100億ドル以上の企業)が生まれにくいのは、決して日本企業の人材や技術が劣っていることに起因しているわけではないということです。私はこの要因について、極めて複合的なものとして捉えています。その中でも最初に触れたいのは、東京証券取引所の問題についてです。

 いわゆるベンチャーボードと言われる取引所において、東証マザーズはNASDAQ(ナスダック)を除けば世界で最も活発なマーケットと言えるでしょう。それ自体はとても素晴らしいことですが、気になっているのはその上場基準と調達額です。およそ10億~20億円程度の売り上げで上場できてしまい、新規調達額も数億円、というケースも散見されます。

 トレジャーデータは、今でこそ150億円規模以上の売り上げまで成長しましたが、10億~20億円の売り上げ時点では明確な勝ち筋が分かっておらず、顧客の獲得も不安定な状態でした。むしろ、この時期はもっと投資をかけなければならない、言い方を変えると「ガソリンを注ぎ込んで」成長を加速させなければならないタイミングだったと言えます。

 上場すると、四半期に一度の決算報告義務があり、短期的な利益思考にさらされることになります。そのこと自体の善しあしについてここでは言及を避けますが、成長途上にあるスタートアップが、上場することで投資をかけにくくなってしまう側面があるのです。新規株式を発行し、パブリックのマーケットから新規に資本金を集めるのがIPO(新規株式公開)であるのに、そこで調達したお金を成長のための投資に使うことができないという矛盾です。

「成長」に対してプレミアムを払う米国市場

 本来のエクイティファイナンスは、チームの規模を急速に拡大させ、新しいマーケットへの進出や、新しいプロダクトの開発のための投資を得るために存在します。

 しかし、上場すると企業が求められるのは四半期ごとの短期利益の数字で、成長への期待値は加味されにくい。成長するためにガソリンをガンガン注ぎ込まなければならないときに、新規調達したバケツ一杯分のガソリンだけを持たされて、むしろブレーキをかけさせられてしまうのです。

 企業を上場させると株式を売却できるようになり、株自体に本来的な流動性が担保された価値が付きます。投資家、もしくは株式を多く保有する創業者の観点に立てば、この流動性を目標とする気持ちは当然、私も理解できます。

 ただ、結局のところ身近なマーケットで一定の利益率を確保しつつ、徐々に成長する戦略を取らざるを得ない。東証マザーズに上場した多くの日本企業がこうした姿になっていることを非常にもったいないと感じてしまうのです。なぜなら、かつての日本企業のように世界に出ていけるだけのクオリティーがある企業も数多く存在しているからです。

 ナスダックやニューヨーク証券取引所に目を向けてみると、その上場基準およびバリュエーション(企業価値)が東証マザーズとは大きく異なっていることが分かります。

 最も重視されるのは成長力。基準自体は常に流動的で明文化されていませんが、感覚的に求められる売り上げは1億ドル(約115億円)以上です。さらには、その時点での成長率が40~50%以上、場合によっては80%という成長率をたたき出している企業がようやく成功裏に上場できる、それが米国のマーケットです。そこまで行ってようやく、パブリックマーケットのチケットがもらえることとなります。

 しかもその基準は年々上がっています。私が米国に赴任した2009年時点では、まだ50億~60億円程度の売り上げで上場する企業もありましたが、現在はその売り上げでは厳しい。上場できたとしても、いわゆる「バルジ・ブラケット」と呼ばれる一流投資銀行の営業力に支えられた華々しい公開市場デビューは難しいのではと思います。

 東証も2022年4月に再編されます。しかし、あえて申し上げれば上場基準を引き上げ、企業の中長期的成長力に価値を置いた市場を志向してもよいのではないでしょうか。

 現在の基準においては、成長市場に対する投資機会を銘打ちながら、大変小さい調達額でのIPOをするのみで、実際は成長の機会を奪ってしまっている可能性もあると思います。変化の兆しは見えますが、若い企業、いわゆるスタートアップにとって最も重要なのは、本当の意味での成長であり、当期利益そのものではありません。

 米国のマーケットは、成長に対してより大きなプレミアムを払います。だからこそ、手元のキャッシュを燃やしても株価は上がっていきます。株価が上がる方向に進めば、新しい公募ができたり、魅力的な条件での社債発行や融資調達をしやすくなったり、株式交換で企業を買収しやすくなったりと、さらに成長するためのツールを手にするのです。

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