20世紀後半から21世紀初頭にかけて、米国経済が長期的停滞に陥った要因の一つが「短期主義」、いわゆる短期利益の最大化を優先した結果、長期的な投資を妨げたためであるといわれます。

 そこに登場したGAFA(米グーグル、米アップル、米フェイスブック=現メタ、米アマゾン・ドット・コム)の存在は象徴的です。GAFAに代表されるディスラプター(創造的破壊者)が現在大きく利益をたたき出しているのは、今に至るまで、成長に対して膨大な額の投資、いわゆるガソリンを注ぎ込んでこられたからです。コア事業が十分に成長し巨大な利益を計上する段階となっても、配当ではなく投資に回してさらなる成長にまい進することを、投資家を含め株主も理解しているからでしょう。

外野の声をよそに投資しつづけた米アマゾン

 その中でもアマゾン傘下のAWS(アマゾン・ウェブ・サービス)は、当初IT産業は門外漢とみられていた同社がほんの数年で圧倒的世界最大手のクラウド事業者をつくり上げたという意味で、驚異的でした。

 当初、「いつか利益が出るの?」とまでささやかれていた外野の声をよそに、同社はイノベーション投資を継続。2015年に初めて独立セグメントとして報告されたAWS事業の成長と利益はともに世の中を驚かせ、今ではアマゾンの収益構造の大切な一角を占めるまでになっています。GAFAやグローバルで成長している企業は、圧倒的な額を投資し、研究開発を進めながら、潜在的利益がある領域で中長期的なビジネスを構築しているのです。

 米国型が全て正しいと言うつもりはありません。しかし、米国市場は上場基準が厳しい一方、スタートアップ企業に対するM&A(合併・買収)の機会が非常に多い。日本では、大企業によるM&Aがさほど進んでいない現実があります。大企業がスタートアップを受け入れる土壌や文化、会計制度の問題などがありつつも、投資家サイドから見た場合、スタートアップのイグジット(出口戦略)の手段として、M&Aよりも新規株式公開(IPO)のほうが目指しやすいという現状に起因するところが多いようにも思います。

 米国のスタートアップで、上場まで到達できる企業は本当にごく一部です。トレジャーデータも、一度は英アームに買収される道を選びました。現在、私たちはアームからスピンオフ(分離・独立)し、独立企業として再度、上場を目指しています。ですが、これはいくつかの偶然が重なった稀(まれ)な例で、売却をイグジットとするケースが大半かと思います。これが買収される側の観点です。

 買収する側の観点だと、日本と米国の大手企業にある大きな違いは「外からイノベーションを入れることに対する思い」です。米国には、自社の研究開発に加えて、買収を通じて新しいビジネスを創出しているIBMやプロクター・アンド・ギャンブル(P&G)のような企業、マイクロソフトやインテル、シスコシステムズ、オラクルのように、スタートアップを傘下に収めることが成長戦略の核となっているような企業が多数存在します。

 国を問わず、企業のステージも文化も全く異なる企業の統合は、常に困難が伴います。私もトレジャーデータのアームへの統合に際し、人事評価から製品計画までありとあらゆる問題を抱え、文字通り寝られない日々を過ごしたことを思い出します。

 上述のような「M&Aにたけた」企業はこの困難を深く理解した上で、買収後にどのように企業を吸収し既存ビジネスに統合していくか、その方法論を確固として持っています。「PMI(Post Merger Integration:統合プロセス)」の専門職の募集も数多く見られます。日本企業でこの方法論を持っている企業がそれほど多く見受けられないことが、企業買収事例が拡大しない一因ではないでしょうか。

目的に最適化されて行動が決まる

 人間は目的に最適化されて行動が決まるといわれます。起業家のマインドを鑑みると、やはり前回触れたように、東証マザーズの上場基準によって結果的に少なからず視座を下げさせられてしまっている側面もあるのではないでしょうか。

 上場をひとまずの目的に据えた場合、既知のマーケットで、言語の壁もない日本でビジネスをスタートすればリスクは回避できるでしょう。未知の国外マーケットは言語のみならず、資金、人材、商慣習など様々なリスクが大きく伴うためです。

 しかし、例えば米国でビジネスを軌道に乗せれば、北米だけではなく欧州をはじめ、世界がその先に自然についてきます。日本でビジネスするのに比べ、対象となる市場規模が比較にならないほど大きいわけです。

 当然、アップサイド(業績の伸びしろ)も圧倒的に異なります。巨大なTAM(Total Addressable Market:獲得可能な最大市場規模)の中における成長性に裏打ちされた将来期待値が、現在価値としてのバリュエーション(企業価値)に反映されます。日本での上場か、グローバルでの挑戦か。目的によってフォーカスすべきマーケットが変わるのは当然とも言えます。このTAMとリスク選択の問題が、日本からユニコーン(企業価値が10億ドル以上の未上場企業)、デカコーン(企業価値が100億ドルを超える未上場企業)が多く出てこない理由として私が日ごろ感じるもう一つの点です。

 かつて日本企業が世界を席巻していた時期は、世界市場を相手に成長していくことができたからこそ、中長期的な投資や研究開発ができたのではないか。皮肉なことに、先に述べた米国企業の「短期主義」に対して、かつての日本企業は長期的視野に立った研究開発ができるからこそリーダーになれたという日米企業比較の論調があったのを記憶しています。

 現在、日本経済はデフレが長期化し、GDP(国内総生産)も伸びていない。マクロ市場としての成長の余地はほぼありません。世界市場はこの20倍近い規模があり、引き続き成長しています。

 かつてトヨタが、ソニーが、キヤノンが世界市場を自らのTAMとすることで世界的リーダー企業となったように、スタートアップも先達に倣った世界志向の視座がもっと必要だと思います。また、こうした世界市場への挑戦者を株式市場やエコシステム(生態系)全体でサポートするようになるのが、「GAFAのような世界的企業を日本から出す」ためのヒントになるように思います。

求められる投資家サイドの多様性

 創業期の企業を支えるエコシステムの充実も重要です。日本のVC(ベンチャーキャピタル)はその質、資金規模ともに急速に高まっています。特にファンド規模が拡大したことで、成長だけに集中できる未上場のうちに大きな成長資金を得られるケースが増えてきたことは、大変明るい兆しだと感じます。

 一つだけ、さらに成熟度を上げる提案をするとすれば、VC担当者のバックグラウンドの多様性の充実です。私はトレジャーデータ創業以来、幸運にも米国の著名VCの多くと交流する機会がありました (ちなみにほとんどは当社の機関投資家からの資金調達ラウンド勧誘のためプレゼンテーションから付き合いが始まり、かつその多くからは出資を断られています)。

 彼らと話すのはいつも楽しみで、緊張もしました。目を見張るのはパートナーの経験やバックグラウンドです。シリコンバレーにもキャリアを通してプライベートエクイティ(PE=未公開株)投資を行っている人は数多くいますが、そのほかにもGAFAをはじめとするディスラプター企業で、製品計画や開発、営業、経営などに携わったキャリアを持つ人も多く見られます。

 その中でも特筆すべきなのは、もともと起業家で、自社を大企業にまで成長させたり大きなM&Aイグジットを経験したりした人物が、次のキャリアとしてVCを選択するケースです。最も有名なのはいわゆる「PayPalマフィア」ですが、米サン・マイクロシステムズの創業メンバーもそれぞれが投資家として活躍しています。また、アンドリーセン・ホロウィッツやYコンビネーターの創業者など、枚挙にいとまがありません。

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