会員数が頭打ちとなった米ネットフリックスは今年5月、約150人のレイオフを従業員に伝えた(写真=ロイター/アフロ)
会員数が頭打ちとなった米ネットフリックスは今年5月、約150人のレイオフを従業員に伝えた(写真=ロイター/アフロ)

 米シリコンバレーを中心としたテクノロジー企業のレイオフ(一時解雇)が、日本でも話題になり始めた。新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)によって急伸した米ネットフリックスの株価が、年初から7割も下落。米国のテクノロジー企業が多いナスダック総合株価指数は昨年11月をピークに急落を続けており、IPO(新規株式公開)も急減している。

 日本ではいまだ対岸の火事として捉える経営者も多い。だが、シリコンバレーのマーケットでは極めて深刻な事態として捉えている。著名な銀行家であるJPモルガン・チェースのジェイミー・ダイモンCEO(最高経営責任者)は、今月1日に開催されたカンファレンスで「これはハリケーンになるかもしれない」と発言した。彼が例えとして出したのが2012年に発生し、米東部に甚大な被害をもたらした「ハリケーン・サンディ」。マーケットがこれから受けるダメージが巨大ハリケーンに例えられるほど大きくなる可能性を示した。

 筆者が社会に出てから20年あまり、資本市場が大きく崩れるのは今回が3回目となる。前回は08年の世界金融危機、いわゆるリーマン・ショック。世界中に大きなインパクトを与え、新規ファンドの組成ができなかった大手VC(ベンチャーキャピタル)が解散する話を聞いたときの衝撃は、今でも鮮明な記憶として残っている。だが、テクノロジー業界への影響は相対的に見て、他業界ほどではなかった。

 テクノロジー業界にとってより印象深く残っているマーケットの崩壊は、00年から01年にかけて起きたドットコム・バブル崩壊だろう。当時はインターネット関連企業の勃興期で、多くの企業が生まれ、そしてバブル崩壊によって消えていった。

 今起きている状況は、このドットコム・バブルの崩壊時に似ている。

 この数年間、テック業界のマーケットは非常に好況だった。コロナ禍の影響下で、ビデオコミュニケーションツールの「Zoom(ズーム)」やEC(電子商取引)構築サービスの「Shopify(ショッピファイ)」、先述のネットフリックスのようなサービスが顧客の支持を広げ、運営企業の業績、株価が急伸した。

 これらは単純に「ステイホーム」による需要増というだけではない。世界中の政府が前例のない財政出動を実施し、そのマネーが世界中で株式投資に回ったことが背景にある。加えて、米タイガー・グローバル・マネジメントをはじめとする著名ヘッジファンドが有望な未公開企業にも積極的な投資を開始。IPOをまたいでさらなる高騰によるさや取りを期待する「クロスオーバー」というアセットクラスが日の目を浴びることになった。

 これらの要因によって、ディスカウントキャッシュフロー法などの伝統的な企業評価手法では正当化できないほどバリュエーション(企業評価価値)が膨らみ、これが21年末から一気にしぼみ始めた。この要因はインフレの急伸、これに対応する利上げ、ロシアによるウクライナ侵攻など、複合的な要因があるとみられている。

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 マーケットがリーマン・ショックから立ち直りの兆しを見せ始めた10年ごろから今年に至るまでの十数年、一時的な調整をはさみつつもテクノロジー業界はずっと好景気だったといっていい。現在、20~30代の若い起業家は、実は不況の記憶を持っていない。投資を受ける立場だけでなく、VCで投資をする立場にも若いプレーヤーが増えているが、彼ら彼女らもまた同様だ。「一時的に市場が冷え込んでいるが、少し待てば戻るだろう」という、期待にも似たある種の楽観的観測を一部では持っているように感じる。

 だが、現実はどうだろうか? 筆者が拠点を置くシリコンバレーでは、現状をドットコム・バブル崩壊と同様に捉える動きが広がっている。

 ナスダック総合株価指数の推移を見ると、00年に付けた最高値と同水準に戻るのは15年ごろ。約15年も時間を要している。今回、そこまでの長期のベアトレンド(相場のトレンドが下降の状態)になるとは考えにくいが、これまでの水準にまで戻すのにそれなりの時間がかかると考えておくべきだろう。また、今から考えれば異常ともいえたバリュエーションの水準にまでは、戻らないと見るのが普通だ。

 日本の報道に少なからず「対岸の火事感」を覚える理由として、雇用の問題がある。日本ではレイオフが現実的ではないため、すぐに自分たちに火の粉が降りかかると考えにくいからかもしれない。だが、現実は厳しい。煽(あお)るつもりはないが、日本においてもベンチャーを取り巻くマーケットが厳しくなることに疑いの余地はない。

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