「脱クッキー」の動きが広がる中、ファースト・パーティー・データ活用の支援ツールCDP(カスタマー・データ・プラットフォーム)への注目が集まっている。その草分け的存在が、米トレジャーデータである。同社の共同創業者でCEO(最高経営責任者)の太田一樹氏は、「5~10年後にCDPを持たない会社はなくなる」と展望する。広告だけでなく、あらゆる顧客と向き合う業務で不可欠なツールとしての浸透を目指す。

米トレジャーデータの共同創業者でCEO(最高経営責任者)の太田一樹氏
米トレジャーデータの共同創業者でCEO(最高経営責任者)の太田一樹氏

 「今のままではユニコーンじゃなくて、ポニー(子馬)だ」。2021年2月。オンライン会議の画面に映るソフトバンクグループの孫正義会長兼社長の言葉が胸に刺さった。孫氏は畳みかける。「世界中にユニコーン(企業価値が10億ドル以上の未上場企業)は1000社ある。100億ドルの企業をつくって初めて一国一城のあるじと言える」

 太田氏は精神的に燃え尽きていた。トレジャーデータは18年、ソフトバンクグループ傘下で半導体設計の英アームに買収された。買収額は約660億円。太田氏はその後もCTO(最高技術責任者)として、アームが得意とするIoT分野のプラットフォームビジネスとの融合を目指してきた。

 英国の老舗半導体企業と、シリコンバレーのスタートアップ。まったく異なるカルチャーの壁を乗り越えて、ようやく戦略が形になり始めたころだった。ほっとしたのもつかの間、再び転機が訪れる。20年9月、米半導体大手エヌビディアによるアームの買収計画が持ち上がったのだ。さらにエヌビディアがソフトウエア事業については買収に含めないという方針を示したことで、トレジャーデータは再び独立することになった。「せっかく結びつけたのに、また離すのか」――。憔悴(しょうすい)しきった太田氏は、共同創業者で元CEOの芳川裕誠氏と共に「いち取締役」となり、経営の第一線からは退いた。

 次の新しい会社でもつくろうか。そんなことを考えていたとき、オンライン会議でつながった孫氏から目の覚める強烈な言葉を浴びた。「孫さんにうまくあおられた」としながらも、奮起した太田氏は21年6月、トレジャーデータのCEOへと就任する。

巨大IT企業と競合「このままでは会社が死ぬ」

 トレジャーデータはファースト・パーティー・データを活用するための「CDP」を開発する企業である。国内外でCDP市場が拡大する中、「CDPを開発する企業はグローバルに150社ほど。米セールスフォースや米アドビなど既に大きなプラットフォームを持つ企業を除く独立系の中で、トレジャーデータはトップの位置につけている」(太田氏)。

トレジャーデータが提供するCDPの概念図。ユーザー企業が持つさまざまなデータを統合あるいは分析し、各種のマーケティング施策に活用できる
トレジャーデータが提供するCDPの概念図。ユーザー企業が持つさまざまなデータを統合あるいは分析し、各種のマーケティング施策に活用できる

 太田氏はAI(人工知能)開発のプリファードネットワークス(PFN、東京・千代田)の前身となる会社を、PFNの代表兼CEOである西川徹氏らと06年に立ち上げ、CTOとして活躍した。そこでHadoop(ハドゥープ)と呼ばれるオープンソースのビッグデータ技術と出合う。国内でコミュニティーを構築し、自らも技術を磨いた。そんな中、同じハドゥープに取り組む4~5人の米国スタートアップが、数年で500人ほどの規模に膨れ上がるのを目の当たりにした。「これは日本にいる場合じゃない。野球ならメジャーリーグを目指すのと同じように、シリコンバレーで勝負しなければ」。そう実感した太田氏は11年、芳川氏らと米国でトレジャーデータを創業する。

 ビッグデータ処理のクラウドサービスを始めると、数年で年5億~10億円の売り上げが立つようになった。事業は順調に立ち上がったように見えたが、しばらくすると米グーグルや米アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)の競合サービスが広がった。「営業に行くと、AWSやグーグルとどっちを選ぶか、という話になる。向こうは無料から試せるのに、こちらは月額で約30万円から」(太田氏)。当然、じりじりと顧客が奪われていく。16年ごろには「このままでは会社が死ぬと思った」と太田氏は振り返る。

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