AI x CDP:日本とアメリカにおけるデータドリブンリテールの未来
公開日 2026/02/03変化の激しいリテール業界にあって、AIとCDPはどのような意義を持ち、発展していくのか? 今回、いくつかの重要なテーマについて話を聞いたのは、日米それぞれのマーケティングに精通するメーガン・キースター氏と奥谷孝司氏だ。
キースター氏は、オンライン旅行会社のエクスペディア、米国発祥の高級百貨店ノードストロームでデジタル領域の変革を主導し、テクノロジーとデータ、リテールにおいて豊富な経験を積んできた。一方の奥谷氏は、長年にわたりマーケティングに携わり、特に小売・消費者ビジネスにおける顧客体験やデジタル活用の在り方について、実践的な視点から発信を続けている。
「顧客中心」を重視し、マーケティングとAI、データ活用に取り組む2人。まずはキースター氏が、米国市場での興味深いトレンドを語った。

左:リテールインフルエンサー 奥谷孝司氏
【この記事のポイント】
自社サイトにマーケットプレイス機能を導入することでよりよい顧客体験が実現する
日本の「おもてなし」文化とオムニチャネル施策の融合が顧客体験を向上させる
生成AIサービス上でショッピングが完結するなど新しい体験の示唆
マーケットプレイス機能を自社サイトに組み込む意義
キースター氏によれば、米国の小売市場では、ここ数年続いたD2Cブランドの力強い成長がやや落ち着き、代わってマーケットプレイスの存在感が増している。実際、米国EC市場の成長の40%以上はマーケットプレイスに由来しているという。
さらに、Amazon、Walmart、Costcoの3社だけで米国における小売売上成長のおよそ60%を占めていると指摘。市場の成長が、こうした大企業に集まりつつあると述べた。
奥谷氏は、多くの企業が自社の商品を販売するために、Amazonや楽天のような外部プラットフォームに出品している現状に言及した。そのうえで、「マーケットプレイスはそれだけのための仕組みではない」と指摘する。
個々の企業がマーケットプレイスの「機能」を自社で持てば、自社メディアの中で他社商品を扱うことも可能になる。それによって顧客により多くの選択肢を提供でき、顧客体験の向上、奥谷氏の言葉を借りれば「カスタマーサクセス」につながるという。
こうした観点から、近年マーケットプレイスへの注目が高まっているのではないかと問題提起した。
これに対しキースター氏も同意を示す。マーケットプレイスであれば、自社で在庫を保有することなく、より幅広い商品や選択肢を提供でき、顧客に価値を届ける機会を増やせる。そのうえで、ノードストローム在籍時に導入したマーケットプレイスの特徴として、「キュレーション型」である点を挙げた。
「Amazonのように、同一の商品が複数の出品者から販売されるモデルと対照的に、ノードストロームのマーケットプレイスは、顧客を起点に商品を厳選する構成となっている。こうした取り組みは、突き詰めれば、CDPに代表される顧客データ活用の問題に行き着く。マーケットプレイスの価値は、単に商品数を増やすことではなく、顧客体験を設計できる点にあると、キースター氏は指摘するのだ。
マーケットプレイスを通じて、企業は顧客についての理解を深め、インサイトを得ることができる。その理解をもとに、マーケットプレイスに迎えるべきブランドを判断することも可能になる。重要なのは、顧客が求めること、満たされていないニーズを把握することだ。
ノードストロームのロイヤルティプログラム刷新の目的とは
続いて奥谷氏は、ロイヤルティプログラムに話題を移した。近年、マーケティング業界ではロイヤルティプログラムへの関心が高まっており、ノードストロームの取り組みは代表的な事例のひとつとして知られている。
奥谷氏は、日本では、ロイヤルティプログラムは一度設計すると「ブランドの約束」として受け止められ、変更しづらい傾向があると指摘。一方で、米国ではしばしば継続的な見直しや改善が行われている点を提起した。

これに対してキースター氏は、「ロイヤルティプログラムを変更すれば、どの市場であっても顧客から何らかのフィードバックが寄せられる」と指摘する。顧客が新しい体験に慣れ、その価値を理解するまでには一定の時間が必要であり、その過程では不満やクレームという形で反応が表れることもある。それでも、多くの企業がロイヤルティプログラムの見直しや改善を繰り返しているという。
キースター氏は、ノードストローム在籍時にノードストローム・ラック向けのロイヤルティプログラムを全面的に刷新した経験を振り返る。組織全体を巻き込む大規模なプロジェクトであり、売上にも大きなインパクトをもたらした。
特徴的だったのは、オンライン上の特典提供にとどまらないロイヤル顧客施策を目指した点だ。CDPを基盤として、ロイヤルティプログラムをPOSシステムに連携することで、店舗の購買シーンにおいても顧客ごとのオファーを提示できるようになった。
ポイントは目新しさではなく、オンラインとオフラインが統合された、一貫性のある顧客体験の実現だ。チャネルに関わらず同じ体験ができる状態をつくることで、ブランドへの信頼につなげていったのだ。「オムニチャネル型の顧客体験を実現するうえで、CDPが常に基盤として機能してきた」とキースター氏は振り返る。
日米の両面から見る顧客中心を実現するヒント
キースター氏は、「自身のキャリアを通じて、魅力的で一貫性のある顧客体験を重視してきた」と述べる。ノードストロームへの参画を決めたのもそのためだ。
ソフトウェア開発やマーケティング施策を進める際には、顧客体験をすべての中心に据え、顧客がブランドとどのように関わりたいのかを考えることが重要だ
(キースター氏)
そのためには、多くの準備が必要になる。まず、データがなければならない。クリーンで統合された顧客データの整備は、エクスペディア、ノードストロームの双方において、重要なプロセスのひとつだったと、キースター氏は語る。
これに対し奥谷氏は「施策を急ぐのではなく、まず基盤を整えた上でマーケティングに取り組むことが重要だ」と語る。顧客体験の向上は、長期的な取り組みなのだ。
キースター氏は、顧客、商品、マーチャンダイジングにまたがるデータを一元化し、施策に活用できる状態に整えるまでに、約5年を要したと振り返る。日本企業でしばしば語られるデータのサイロ化や統合の難しさは、米国においても共通する課題だ。

なお、キースター氏は、日本企業の顧客への向き合い方について、以前から強い印象を受けてきたと語る。
私たちは『顧客中心』という言葉をよく使いますが、日本の多くのブランドが体現する『おもてなし』の姿勢には、学ぶべき点が多い。顧客が何を求めているのかを先回りして考え、細やかに配慮することが、顧客体験の大きな違いにつながる
これを受けて奥谷氏は、CDPやAIといった先進的な技術を活用するうえでは、経営層を含めた「チェンジマネジメント」が前提になると述べた。技術が存在するだけでは十分ではなく、人を中心に考える姿勢こそが重要だという。日本においては、「おもてなし」の考え方をデジタル体験に落とし込んでいくことが鍵になると語った。
また、「日米が互いに学び合える関係にある」という奥谷氏の認識に対して、キースター氏も同意し、日米の違いが表れやすい具体例として、BOPIS(Buy Online, Pick Up In Store)に言及した。
米国では、オンラインで購入した商品を店舗で受け取る体験がすでに一般的だが、日本ではまだまだ普及していない。キースター氏は、ここに成長の余地を感じているという。日本の「おもてなし」に象徴される顧客中心の思想と、米国で進んできたオムニチャネル施策のかけ合わせが、よりよい顧客体験を実現する可能性がある。
現時点で期待できるAI活用とは
議論は次のテーマ「AIが小売業に与える影響」へと移る。
奥谷氏は、日米を問わずAIが重要なトピックになっている現状に触れ、トレジャーデータからも、エンゲージメントやパーソナライゼーション、クリエイティブなど、複数のAI関連スイートが展開されていることに言及した。
なかでも、日本企業では複数のプラットフォームを横断して顧客と接点を持つケースが多いことから、ペイドメディア領域におけるAI活用への関心が高いと指摘。加えて、サービス分野におけるAIの可能性にも注目していると語った。
一方キースター氏は、ソフトウェアエンジニアリングの領域において、AIへの期待は大きいとしつつも、現時点では実験や試行の段階にとどまっており、大規模な運用にはまだ時間が必要だとの認識を示した。
そうした中で注目しているのが、データ活用領域における「エージェント」や「エージェント型UI」だ。データ活用を一部の専門人材に閉じたものではなく、より多くの人に開放できる点に可能性を見ているという。データを「扱える人」が増えることで、マーケティングキャンペーンの設計やコンテンツ生成、サービスやパーソナライゼーションの高度化など、さまざまな領域でデータ活用が促進される。
こうした取り組みはすでに一部で具現化しており、特にマーケティングやカスタマーサポートといった顧客接点において兆しが見られると、キースター氏は指摘。今後、こうした変化が組織全体へと広がっていく可能性を展望し、店舗スタッフの業務にも応用できる余地があると述べた。
日本の小売現場では、ブランドアプリに加え、複数のポイントプログラムや決済手段が併存しており、顧客体験が複雑になりがちだ。そうした環境だからこそ、店舗スタッフが「次に取るべき行動(ネクスト・ベスト・アクション)」を支援する仕組みが、有効になり得る。
一方で奥谷氏は、AIを顧客接点に導入するだけでは十分ではないと述べ、業務運用の観点を含めて検討する必要性を強調した。人とテクノロジーの役割分担を最適化することが、AI活用を実効性のあるものにすると語った。
生成AIがマーケティングチャネルになる未来
CDPに議論が及ぶと、奥谷氏はCDPが広く認知されるようになった一方で、十分に活用できている企業はまだ限られていると問題提起した。多くの企業では、データのサイロ化や、組織的なチェンジマネジメントの難しさ、コンテンツ管理やデータプライバシーへの対応など、CDPやAIの活用以前に越えなければならないハードルがある。

キースター氏は、「将来のことは誰にも分からない」と前置きしつつ、CDPの今後についての見解を語り始める。マーケティングチャネルの観点でAIエージェントの進化を考える時、「2008年頃の検索エンジンの状況を思い出させる」と述べた。
検索連動型の広告が進化してきたように、生成AIサービスでも、コンテンツの提供に関する様々な形で収益化が進むだろう。競争はまだ本格化されていないが、構造化されたデータを持つ企業は、ChatGPTなどの生成AIをマーケティングの接点として活用し、すでにある程度の優位性を得ているという。
企業にとっての課題は増えるが、同時に、新たな機会も広がっていく。表裏一体の課題と機会に向き合うことが、CDP活用とマーケティングの進化を左右していくことになると、キースター氏は述べる。
たとえば、生成AI上で完結するショッピング体験があったとして、それを自社のブランドガイドラインに沿った形にできるのか? あるいは生成AIとCDPを連携させて、パーソナライズされたコミュニケーションができるのか?
キースター氏は、生成AIが新たな顧客接点になりつつある中で、CDPと連携したパーソナライズやブランド体験の設計が、今後の顧客体験を左右する重要な論点になると示唆した。
