再生可能エネルギーを軸に、発電所の建設・運営から電力小売までを手掛けるLooop。2016年から家庭向け電力サービス「Looopでんき」の提供を開始し、わかりやすい料金体系を武器に加入者を伸ばしてきた。
その後2022年、世界的なエネルギー価格の高騰などを背景に、電力の安定供給を目的として料金プランを市場価格連動型へと変更。さらに2025年にも料金プランのリニューアルを決定したが、お客様の電気料金への影響は利用状況によって異なるため、画一的な告知では改定前の料金からの単なる「値上げ」と誤解され、料金改定に対する理解や納得感を得られずに、解約に至るお客様が出るのではないかとの懸念があった。
Looopは、このプラン改定を機に、お客様一人ひとりに最適な情報を届けられる環境を実現するべく、「Treasure Data CDP(カスタマー・データ・プラットフォーム)」を導入。顧客データを横断的に統合し、きめ細やかなOne to Oneコミュニケーションを実現した。その結果、プラン改定による解約率を想定よりも抑えることに成功した。
今回は、Looopが抱えていた課題やCDP導入の背景、具体的な施策や成果、そして今後の展望について、マーケティング本部 本部長 小林克明氏、CX推進課 課長 舟久保拓哉氏、同課の清宮理沙氏に話を聞いた。
左から
株式会社Looop マーケティング本部 本部長 小林 克明 氏
株式会社Looop マーケティング本部 CX推進部 CX推進課課長 舟久保 拓哉 氏
株式会社Looop マーケティング本部 CX推進部 CX推進課 清宮理沙 氏
「節電せずに電気代を削減」で差別化を目指す
「Looopでんき」を提供するLooopは、再生可能エネルギーを基盤に、電力の自社発電から販売までを一貫して手掛けている。東日本大震災を契機に、「自分たちの電気を自分たちでつくる」という考えのもと事業をスタートし、太陽光発電の技術やそのノウハウを強みに2016年の電力自由化の波に乗って電力小売市場に参入。以来、お客様のニーズに応える柔軟な料金体系により、着実に成長を続けてきた。
Looopのサービスの特徴のひとつが、市場連動型料金プランだ。時間帯によって電気料金が変動するため、お客様は電気を使う時間帯を工夫することで、電気代を抑えることができる。こうした柔軟な料金設定は「節電せずに電気代を削減できる」という価値を提供し、多くの支持を集めている。

一方で「電気」という商材は、その特性上、どの会社が供給しても品質に差がないため、価格だけで比較されやすいという課題がある。こうした「コモディティの壁」を乗り越えるためにLooopは、スマートメーターから得られる電力利用データの活用を進めようとしている。その理由は、電気の使用状況を分析することで、家庭における暮らし方や生活パターンを把握できるからだ。
マーケティング本部長の小林克明氏は「電力データは非常に価値のある情報です。家族構成やライフスタイル、平日・休日の行動パターンといったことも把握できます。例えば、高齢者の見守りや在宅状況の確認など、新しいサービスにも活用できる可能性があるのです」と話す。Looopでは将来的に電力データを使った新規ビジネス展開も視野に入れ、データの活用体制を整備する必要性を強く認識していた。

料金プラン改定で「Looopでんき」が直面した解約リスク
こうした中長期的な構想を描く一方で、Looopには目の前に差し迫った課題があった。それが、2025年1月に計画していた「4月のプラン改定」に対する改定告知コミュニケーションである。
市場連動型プランという特性上、プラン改定による料金の上下動はお客様の利用状況によって異なる。一律に「料金が変わります」と告知するだけでは、改定の理由の理解も得られず、昨今の市況から、「単純な値上げだ」と誤解され、最悪の場合は解約につながる恐れがある。
Looopでデータ活用を推進する舟久保拓哉氏は、「料金プランの改定によって、これまでより金額が安くなるお客様が多い一方で、一部値上げになるお客様もいらっしゃいました。後者のお客様にも納得して契約を継続していただけるように、きちんと説明したかったのです。お客様一人ひとりによってプラン改定による影響額が異なる以上、One to Oneのコミュニケーションが不可欠でした」と振り返る。
しかし、当時のLooopには、スマートメーターから得られる電力データを活用できる顧客データ基盤がなく、電気の使用状況や契約内容に応じて、情報を出し分けるコミュニケーションを実施できる環境になかった。
さらに、小林氏は「現在は30分単位で電力データを取得していますが、スマートメーターの進化によって、今後は1分単位のリアルタイムデータを扱う時代が到来します。そのときに備え、膨大なリアルタイムデータを確実に活用できる基盤を整えておく必要があると考えました。顧客データを一元管理し、柔軟かつ迅速にパーソナライズ施策を展開する必要性を強く認識し、CDPの導入を決断しました」と語る。
短期間での立ち上げと将来的な価値創出を叶えるCDP
プラン改定に伴うOne to Oneコミュニケーションの実現に向け、LooopはCDPの導入を決断した。さまざまなCDPの中からTreasure Data CDPを選んだ背景には、いくつかの重要な理由があった。
まずLooopがCDPを選定する際に重視したのは、短期間での立ち上げだった。舟久保氏は「2024年9月にプロジェクトをスタートし、翌年1月のプラン改定に間に合わせるという非常にタイトなスケジュールだったため、そのスピードで構築・運用を実現するソリューションが必要でした」と振り返る。
さらに、将来的にはAIやリアルタイムデータを活用して、より高度な施策にも挑戦したいという思いがあった。小林氏は「今後の変化に応じてお客様お一人ずつの生活や利用実態の多様さに沿ったシナリオを柔軟に増やしていくことを考えると、自社でゼロからデータ基盤を構築するのは現実的ではありませんでした」と語る。
また、もう一つ大きな条件となったのが、大量のデータを問題なく処理できる性能だった。電力の利用データは各家庭ごとに30分単位で計測されるため、1日あたり48件、1年で1万7520件、さらに契約年数が長くなるほどデータ量は膨大になる。これらのデータを単に蓄積するだけでなく、実際の施策に活用できる環境にすることが条件だった。
これらの条件を総合的に評価した結果、LooopはTreasure Data CDPを採用する決断を下した。プラン改定対応という短期的なOne to One施策実現と、将来的な新規ビジネス展開を見据えた長期的な価値創出、その両方を支えるための選択だ。

想定解約率を半減させたパーソナライズ施策
こうしてTreasure Data CDPを基盤にLooopは、プラン改定に伴う重要な局面で、パーソナライズ施策の真価を発揮。
2025年1月のプラン改定告知にあたり、各家庭の利用実績から料金の変動幅をシミュレーションし、その結果をTreasure Data CDPに取り込んだ上で、マーケティングオートメーション(MA)ツールを通じて、約30万件のパーソナライズされたメールやアプリプッシュを配信した。
値下げとなるお客様には「どのくらい安くなるか」、逆に値上げとなるお客様には「どの程度の料金アップとなるのか、他社と比べてどうか」を真摯に伝えるなど、一人ひとりに合わせた内容を告知し、プラン改定への理解を得ることを重視した。
その結果、プラン改定による解約率は、当初想定していた数値の半分以下に抑えることができた。舟久保氏は「パーソナライズされたメッセージを届けたことで、不安を払拭し、『Looopでんき』への信頼感も高めることができました」と手応えを語る。
特に、値上げ対象となるお客様に対するコミュニケーションにおいて、具体的なアップ額を提示して、その額が少額であることを告知することで、解約を抑えられたことは大きな学びになった。
舟久保氏は「電気料金のコミュニケーションは、お客様にとって無味乾燥になりがちです。しかし、コミュニケーションを丁寧に積み重ねていくことで、お客様の印象は大きく変わるということを学びました」と力を込める。


One to One施策を本格化させ「顧客体験」をさらに進化
プラン改定を通じてパーソナライズ施策の有効性を確認したマーケティング本部では、Treasure Data CDPを軸に、顧客体験をさらに進化させるために、次のようなさまざまな取り組みを進めている。

- アプリ・メールでのOne to One施策
データ連携の基盤が整ったことで、日常的な接点におけるOne to One施策が本格化している。アプリのプッシュ通知やメール配信を通じて、地域ごとのキャンペーン情報などを最適なタイミングで提供している。さらに、誕生日にあわせた施策や、入会直後のフォローキャンペーンなど、お客様の状況に合わせてパーソナライズされた情報を定常的に届ける取り組みも行っている。
- アフィリエイトの成果承認業務の自動化
成果報酬型広告(アフィリエイト)においては、これまで外部ASPから届く「成約データ」と社内の基幹システムに登録された申込データを人手で突き合わせて承認しており、担当者に負担がかかっていた。Treasure Dataのオーディエンススタジオ機能を活用し、成約データを自動的に基幹システムのデータと突き合わせて承認、結果をスプレッドシートに返すスキームを構築したことで、担当者の工数を削減することができた。
Looopでデータ活用を推進する清宮理沙氏は「ASPから『このお客様が成約しました』という情報が届いた際に、自社のデータと突き合わせて承認する仕組みを自動化できました。月末に担当者が何日も張り付く必要がなくなり、業務効率が向上しています」と語る。

- Google広告など外部広告プラットフォームとの連携
さらに、CDPで得たLTVの高い顧客データを生成・連携することで、Google広告などの広告プラットフォームでのターゲティング精度向上にも取り組み始めている。現在は試験運用の段階で、さらに効果検証を進めていく予定だ。
舟久保氏は「これまでは広告会社任せだったデジタル広告運用も、CDPからのデータを生かすことで、より効率的で精度の高い運用ができるはずです」と期待を寄せる。
お客様理解から、新事業開発まで。Looopが描く未来構想
プラン改定を機に進めた取り組みを基盤として、Looopはお客様理解を深め、コミュニケーションの質を継続的に高めている。
清宮氏は「Treasure Dataを導入したことで、『データはシステム任せ』という空気が変わり、マーケティング部門から『データをこう活かしたい』という声が自然に上がるようになったのは大きな変化です」と語り、社内における意識改革にもつながったことを振り返る。
Looopでは今後、Treasure Data CDPを軸にした取り組みをさらに発展させていく方針だ。現時点では電力使用量データなど、一部リアルタイム連携ができていない情報も統合し、より迅速で的確な提案やサポートを実現することが次の課題となっている。
小林氏はLooop全体の将来像について、「まだ取り込めていないコールセンターのお客様応対データなども含めて、お客様の体験を一気通貫で把握できる状態を整えたい。そのうえで、パーソナライズにとどまらず、新しいサービスやビジネスモデルの開発にもつなげたい。電気という枠にとらわれず、生活により近い領域まで価値を広げる挑戦を続けていきます」と構想を描く。
舟久保氏は「たとえば、夏の暑い日に急に電力使用量が増えたお客様に、『こうすれば効率的に使えます』といったヒントをすぐに届けたい。さらにAIを活用して利用傾向をモデル化し、最適な提案やサポートにもつなげたい」と展望を語る。
また、清宮氏は社内の活用体制について「マーケティング担当者がもっと気軽にデータを扱えるように、SQLが書けなくてもセグメント抽出やインサイトを得られる仕組みを強化したい」と意欲を示す。
Treasure Data CDPを基盤としたLooopのデータ活用は、お客様接点の高度化から新たな価値の創出まで、今後も進化を続けていく。