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2025年の一大トレンド「感性×AI」を掘り下げる

公開日 2025/05/29
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目まぐるしく進化するAIは、この後一体どこへ向かうのか? 一歩先を予見することは、現代のビジネスリーダーにとって、もはや必須の教養だ。


確実なトレンドのひとつが、トレジャーデータも注力してきたリアルデータの活用。この分野を牽引する研究者で、感性×AIの開発・実装に長年取り組んできた電気通信大学 副学長、ソフトバンク株式会社 社外取締役の坂本真樹氏に最新事情を聞いた。

坂本先生写真

電気通信大学 副学長
ソフトバンク株式会社 社外取締役

坂本 真樹

AIが感性を扱う時代

コンピューターは知能を持ち得るか? 20世紀半ばに議論が始まった時から、言語能力の実現は大きなマイルストーンだった。「人間と同様の対話」が、知能獲得の基準と考えられてきたのだ。

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2012年、ディープラーニングが登場し、AIは画像認識では人間以上の能力を持ったが、対話の実現までには、なお10年以上の月日を要する。広く一般に、コンピューターとの対話が可能になったのは、2022年11月、Open AIのChatGPTの登場からだ。


2023年のGPT-4以降、AIはDX、教育、法務、創作、など広い分野で活用されるようになった。そして2025年、AIはいよいよ「感性」の領域に進出すると、坂本氏は言う。

とはいえ、長年AIによる感性価値判断を研究してきた坂本氏は、それが簡単に社会実装できないことも痛感している。最も根本的な課題は、「生成AIがサイバー空間にとどまっている」ことだ。現在の対話型AIは、言語情報の入力を受け、言語によって学習した知識から判断し、発話しているに過ぎない。人間の五感のようなフィジカル空間の情報に、直接アクセスする術は持たないのだ。

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「例えば、私の講演の最中に、聴講者が楽しんでいるか、ChatGPTに聞いても判断できない」と坂本氏。ChatGPTは以下のように出力する。


「私はテキストベースでのコミュニケーションを通じて情報を提供することができますが、感情や主観的な評価については判断できません」(実際の生成結果より)。

こうした課題を、研究はどう乗り越えようとしているのか?


坂本氏は自身が2017〜19年に実施した「感性を読むAI」の研究を紹介する。JST(科学技術振興機構)の未来社会創造事業の一環で、会話から「場の空気」を可視化するAIを開発した。


開発のプロセスでは、人間の身体にセンサーを装着し、心拍数や脳血流など生体情報を計測。同じ空間で複数人が会話し、発話の内容や動作、生体情報から、ストレスや共感性、知的生産性といった「空気」を、AIが判断し可視化する。さらにAIからの提案に合わせて、空調や照明、音楽や香りなどをコントロールするプロダクトだ。

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坂本氏は「感性をAIに理解させるのは本当に大変だった」と振り返る。ネット空間の情報を収集するのとはわけが違う。リアルな会話に対する反応をつぶさに観察し、AIに空気の読み方を、人間が手作業で教えていかなければならないのだ(アノテーション)。


AIエージェントを活用できるようになれば効率は高まるはずだが、現状ではアノテーションが大きな壁となっている。

リアルデータの取得・実装に日本の強み

平成28年の経済産業省の発表によれば、ネット空間で生じるバーチャルデータは、海外の巨大プラットフォームがすでに支配している。しかし、個人の健康情報や車両の走行情報、機械の稼働情報など、実世界で生じるリアルデータは日本がプラットフォームを獲得できる可能性がある。


こうしたことから、経産省は企業が機密データを保持するだけでなく、共有してビッグデータ化するメリットを指摘している。事業者ごとの競争領域と、プラットフォームとしてデータを共有する協調領域の峻別が重要なのだ。

坂本氏は企業間の協調が簡単ではないことを認識しながら、「何も進まないまま第四次AIブームを迎えてしまった」と危機感を示す。そして、同じく経済産業省の資料を引用し、データ利活用における日本の強みを分析した。


坂本氏が強調したのが、「データ取得」と「社会実装・産業化」のフェーズだ。データ取得では、日本は精度の高い工場やきめ細かいサービスなど、現場の暗黙知に優位性を持つ。同時に、高い世界シェアを持つセンサーと、高度なロボット技術もある。リアルデータの質と、そのすくい取りの両方で、強みを持つというわけだ。


社会実装・産業化においては、高品質なモノを理解・評価できる「厳しい目を持つ」国民の存在を挙げている。感性の鋭い消費者へ対応するため、日本企業は日常的に品質の高いサービスを要求されている。また、世界的に少子高齢化が進む中でも、日本は他を先行しており、データとAIを活用しなければ、将来社会が立ち行かない現実がある。リアルデータ活用の社会実装へ、強い圧力がかかる環境自体が、日本の強みだと考えられる。


次なる生成AIのトレンドと、リアルデータに強みを持つ日本の環境。感性×AIの領域は、21世紀のビジネス、社会を考えるうえで、極めて重要なファクターとなる。

オノマトペから感性を定量化する

具体的に感性×AI研究のアプローチを見ていこう。坂本氏が研究に活用しているのが「オノマトペ」、擬音語・擬態語だ。坂本氏は「もふもふ」の語を例に、オノマトペの有用性と影響力を解説してくれた。


「もふもふ」は、あるマンガ家がパンの“柔らかさ”を示すために生み出したオノマトペだが、当初は広く利用されなかったという。ところが、“柔らかさ”に動物の“あたたかい感じ”が加わり、犬や猫に「もふもふ」があてられるようになると、女子中高生の流行語に。「もふる」という動詞がうまれるまでに至った。


「オノマトペによって、人々の知覚空間も変わることがわかる」と坂本氏。「もふもふ」の定着によって、「柔らかくて温かい感じのモノに対する日本人の感覚が研ぎ澄まされた」と指摘する。「もふもふ」が共感された結果、「もふもふ」した商品への需要がうまれ、企業は新商品を開発し、市場がリッチ化していった。

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このように、私たちはオノマトペを通して、暗黙のうちに知覚的な印象を共有している。これを形式知化し、統計的に解析することで、AIの学習データとして活用するのが坂本氏の研究だ。


ポイントは、感性に正解/不正解がないこと。たとえば従来の画像認識AIでは、犬の写真を入力すれば、猫やうさぎと混同することなく、明確に犬だと示すことが正解だった。しかし、感性の学習においては、「もふもふ」「ふさふさ」「くりくり」と、人間が犬に対して用いるオノマトペ=抱いた印象をすべて正解として扱う。感性価値判断は主観的で個人差があり、回答は無限に存在する点を、坂本氏は強調する。

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それだけに、データの収集は複雑で、企業がマーケティング活動の中で、商品・サービスに対する人の感性を把握するのは難しい。坂本氏は、学術的なプロセスで、聴覚、触覚、視覚、味覚をオノマトペで表現してもらう実験を行ってきた。企業や医療機関とともに感性価値判断に関する情報を収集・データ化しており、ノウハウを蓄積している。


そんな中、2014年には、あらゆるオノマトペを数値化するシステムを開発。オノマトペにひも付く微細な印象を、43の尺度で定量的に評価する。例えば「もふもふ」と「ふわふわ」の違いを、明確に説明できるシステムだ。


「被験者のアンケート回答を、そのまま反映しているのではない。音の印象から計算して微細な違いを判断しており、どんなオノマトペにも対応できる」と坂本氏。「ジョガジョガ」のような聞き慣れない表現でも、「かたい」「不快」「動きがある」など、多くの人が共有する印象を数値化できるという。

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さらに、2015年には、深層学習を活用し、画像に対するオノマトペを出力するAIを開発した。写真を示し、手触りを聞くと「ごわごわ」「ざらざら」などの表現で、質感を出力する。

感性AIの実用事例

坂本氏の研究以外にも、感性を数値化するオノマトペの活用は、世界的に進んでいる。「ChatGPTも最近になって、オノマトペの表現に対応し、要求すれば数値化まで行う」(坂本氏)。再三お伝えしているように、感性データの収集とAIによる利活用は、次のトレンドのひとつと見て間違いない。では、どのように社会へ実装されていくのか?

坂本氏は、現状で企業からのニーズが高い領域として、「質感」の研究を挙げる。繊維や樹脂、金属の物理的な特徴とオノマトペなど感覚・知覚的な表現を結びつけ、感性価値を判断するものだ。

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2023年には、最終製品を提供するブランドオーナーと、素材メーカーをつなぐ「感性マテリアルプラットフォーム」を開発した。ブランドオーナーは「人生の節目」「光」「自由」などあいまいで直感的なコンセプトワードから、AIでイメージに適合する質感を抽出する。素材メーカーが作成するデータベースから、感性に合った物理的特徴を持つ素材を検索できる。

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素材メーカーにとっては、質感と素材を結びつけたデータベースを持つだけでもメリットがある。「大きい会社では、部署ごとに情報をバラバラに持っていることも多い」(坂本氏)。自社の素材情報を統合し、さらに質感や印象のようなあいまいな条件も付与されたデータベースの活用価値は高い。上記のような直感的なワードをヒントに素材を提案することもできるし、ニーズをデータ化して新規素材を開発することもできる。


なお、前述のように、画像から適したオノマトペを抽出することもできるので、実験で素材に対する感性データを集めなくても、容易に素材に質感情報を付与することができる。

ある建材メーカーでは、顧客の直感的なことばから、感性に合った住宅設備を提案している。「高級感がある感じにしたい、と言われても感性は人それぞれ。顧客とメーカー担当者のセンスが一致していればよいが、そうでない場合、感性に合った製品を選ぶのは難しい」(坂本氏)。


そこで、少数の素材に対する印象を、顧客にオノマトペで入力してもらい、それをサンプルとして、好みと個人差を把握できるアルゴリズムを開発。そのうえで、顧客が自分の製品に要求するイメージを、言語で入力してもらう。両者をAIが判断、個人差を補正するなどして、感性に合った製品をレコメンドする。

「オノマトペの応用は無限大」(坂本氏)というように、直感的な言語を通したフィジカル世界のデータ利活用は、素材の領域に留まらない。「もふもふ」の例にあるとおり、新規性のあるオノマトペは人間の感覚を拡張する可能性すらあることは、ジャンルを問わずビジネスリーダーへの示唆になるはずだ。


最後に坂本氏は、独自の視点で今後のダイナミックなAI戦略を語ってくれた。

ビジネスリーダーのためのAI戦略

坂本氏はまず、政府が掲げるSociety 5.0のビジョンを引用した。


WebサイトやSNSなどサイバー空間にアクセスして、情報を取得するのが、Society 4.0とされる現在の情報社会。次世代のSociety 5.0では、人間は特にサイバー空間を意識することなく活動し、センサーがフィジカル空間の情報を自動的に取得する。スマートフォンをはじめ、自動車や電子機器、住宅など、さまざまな機器が人間と対話し、自動的に情報や環境を最適化するようになる。


坂本氏は、サイバー空間とフィジカル空間の融合による創造的な活動に期待を示す。その領域は多岐にわたるが、感性AIの研究は非常に優れた参考事例と言えるだろう。

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次いで坂本氏が注意喚起するのは、AIの信頼性の問題だ。ビジネスにおいては、個人情報保護やセキュリティに十分配慮し、ユーザーの信頼が得られるよう、環境に投資する必要がある。また、出力結果の偏りや差別、誤情報、著作権問題を含めた法的・倫理的な課題もクリアしていかなければならない。こうしたベースを整えてはじめて、創造的なAI活用が可能になる。

最後に坂本氏は、データドリブン経営におけるデータ活用に言及した。CDPでデータを統合すれば、活用の幅や効率は格段に向上する。しかし同時に「データのなかにどのような価値を見出していくかが非常に重要」というのが坂本氏の視点。重視するのは、センサーなどから得られる物理データと個人の感性データ、さらにサイバー空間のビッグデータの連携だ。


坂本氏はこの点について、自社の体験を通して語ってくれた。

「企業理念を元に、AIにキャッチコピーを生成してもらうと、いくつも優れたコピーが出力される。その中から、決定権者である経営者や幹部が選ぶのが、おそらく従来のプロセス。しかし、それでは決定権者の感性で、コピーが決まることになる。果たして、選んだ言葉はお客様の感性に合っているのか?
言語からどんなイメージが生まれるのか、会社は顧客にどんな印象を抱いてほしいのか。感性を数値化すれば、きめ細かく合理的な意思決定ができる」(坂本氏)。

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感性価値の判断を加えることで、AIが多様性を再現できる。中堅男性だけの役員会議に女性の視点を取り入れるなど、顧客や社会に即した経営改革にもつながるだろう。

このように、言語や数値でとらえきれない感性を、AIがどこまで理解し活用できるか。サイバーとフィジカルの融合で社会をアップデートしていく「Society 5.0」の核心でもある。その点、感性を数値化して多様なサービスに実装する坂本氏の試みは、単なる技術革新にとどまらないだろう。私たちの生活やビジネスの意思決定を、合理的に、そして人間らしく変えていく重要なカギだ。

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