VOC分析を進化させる生成AIの活用術
公開日 2025/12/05
アンケートや口コミ、問い合わせログなど、顧客からのフィードバックを体系的に解析し、マーケティングや商品開発に活かすVOC分析。データ活用の原点とも言える領域で今進んでいるのが、CDPと連動する生成AI(AIエージェント)の活用だ。
今まさにPoCを進めるWOWOWコミュニケーションズ営業戦略本部 営業部 /部長
兼)データマーケティング課 シニアコンサルタントの杉本章氏、クライアントへのマーケティング支援に導入したアイスタイルデータコンサルティングの押野卓也氏、さらに後方からアイスタイルデータコンサルティングのCDPおよびAI構築を支援するハイブアイキューの重原洋祐氏に、現場の実情を聞いた。
株式会社WOWOWコミュニケーションズ
営業戦略本部 営業部 /部長 兼)
データマーケティング課 シニアコンサルタント
杉本 章
2006年にWOWOWコミュニケーションズ入社。コンタクトセンターの運営からキャリアをスタートし、2010年代からはWOWOWのSNS運用やWEB制作、メールマーケティングなどを立ち上げ。その後、調査分析やCDP構築、データ活用の経験を経て、外部企業へのマーケティング支援を開始。現在も営業責任者を兼務しながら、放送・エンタメ・サブスク事業者を中心とした支援を継続している。
アイスタイルデータコンサルティング株式会社
取締役副社長
押野 卓也
代理店や複数の事業会社で営業及びマーケティング業務に従事した後、デル・テクノロジーズ株式会社で戦略企画を担当。その後スマートニュースでは、データ分析を基に営業戦略や組織戦略の策定を行う。2023年にアイスタイルに入社し、データを活用した新ビジネス構築と推進をリード。2025年4月よりアイスタイルデータコンサルティング株式会社取締役副社長に就任。を兼務しながら、放送・エンタメ・サブスク事業者を中心とした支援を継続している。
株式会社ハイブアイキュー
代表取締役
重原 洋祐
2002年にデジタルアドバタイジングコンソーシアム(現Hakuhodo DY ONE)へ入社、2013年頃からパブリックDMP開発プロジェクト及び事業運営に従事。2015年からLegoliss(現MBKデジタル)の創業メンバーとして、早くからTreasure Data CDPの活用を見出し、多くの企業へCDPの導入、コンサルティングを実施。2019年よりトレジャーデータ株式会社に参画、最高顧客責任者してプロフェッショナルサービスチームや、カスタマーサクセスチームの責任者を担当。2023年にハイブアイキューを設立。
トレジャーデータ株式会社
Head of Partner Alliance
正木 大輔
外資系IT業界で25年以上の経験を有し、日本アイ・ビー・エムでは理事としてソリューションパートナー事業やData & AI事業を統括。2022年にトレジャーデータへ参画し、日本のパートナー戦略を推進。データ、AI、クラウド領域の深い知見とパートナービジネスの豊富な経験を基に、顧客、パートナーの成功を最大化するエコシステムの構築をリードしている。
急速に広がる生成AIによるデータ活用
顧客データを統合するCDPと、生成AIの活用は、もはや切り離せない関係にある。ある調査では、生成AIが最も影響を与える業務トップ5のうち3つは、顧客関連業務が占めている。Treasure Data CDPでも活用事例の多い、セールス、マーケティング、顧客対応(コンタクトセンター、カスタマーサポート)の3領域だ。
トレジャーデータとしても、過去何度か訪れたAIブームのなかでも、今回の波は別格であることを実感している。IBM Watsonなど、かつて高性能なAIは企業のものであり、個人が利用する対象ではなかった。しかし、2022年末のChatGPT 3.5リリース以降、私たちはビジネスの現場でもプライベートでも、生成AIを当たり前のように使用するようになった。その恩恵、利便性を皆が感じ、AIは急速に社会全体へ浸透している。
Treasure Data CDPのユーザー企業のなかでも、生成AI活用が広がっている。すでにAI関連機能の契約をいただいているのが36社、テスト運用もふくめ検討中が54社。前述のとおりマーケティングやB2Bのセールス、コンタクトセンターでの利用など、顧客関連業務を中心に、CDPと生成AIの組み合わせが進んでいる。
その好例が、WOWOWコミュニケーションズのコンサルティング、アイスタイルデータとハイブアイキューの取り組みだ。
AIが出すアイデアの量が施策の精度を高める
WOWOWコミュニケーションズは、親会社のWOWOWのマーケティングを担うとともに、Treasure Data CDPを活用した外部企業へのデータ分析支援も行うコンサルティング企業だ。同社は、CDPを基盤としてカスタムAIエージェントを設計・運用できる「AI Agent Foundry」の PoC を実施し、現場でのデータ分析・施策提案業務の効率化を図っている。
従来同社では、コード作成のスキルを持たないコンサルタントが、CDPから高度なデータ抽出を必要とする際、エンジニアにその作業を依頼していた。Treasure Data CDPからエンジニアが抽出・加工したデータをアナリストが分析したうえで、コンサルタントがマーケティング等の示唆を導く、というプロセスだ。この工程では、データ抽出のやり直しなど手戻りもあり、示唆出しまでに2週間程度かかるケースがあったという。
そこで同社は、CDPから取り込んだデータを、コンサルタントが自然言語で分析できるAIエージェントを開発した。この仕組みにより、リードタイムは最短で1日に短縮。全体の工数も、エンジニアとコンサルタント合わせて月間300時間分の削減が見込まれるという。

このような労働力の代替に加え、杉本氏が評価するのは、AIエージェントが行う施策提案の数だ。「データ分析に基づく施策が、KPIとセットで列挙される。AIが10個出力した施策のうち、1つか2つは人間にとって意外なアイデア、クリティカルな提案がある」と杉本氏。施策の数が精度向上に寄与すると、大きな期待を寄せている。
なお、トレジャーデータのAIエージェントは、企業がCDPで管理する顧客データと直結している。一般的な汎用型生成AIのようにインターネット上の情報を参照するのではなく、自社データを基盤とするため、より精緻でスピーディなマーケティング分析が可能だ。
AIとの対話で施策を深められる体制へ
コスメ・美容の総合サイト「@cosme」を企画・運営するアイスタイルと、CXコンサルティングファームのNODEが、共同で設立したのがアイスタイルデータコンサルティングだ。Treasure Data CDPを中核に、@cosme、ECサイトの「@cosme SHOPPING」、実店舗の「@cosme STORE」など、グループに蓄積される顧客データを活用。外部企業のクライアントに対し、マーケティングや商品開発支援を提供する。
押野氏は、設立の背景を次のように語る。
「1000万人以上のユーザー数を持つ@cosmeには、累計2000万を超える口コミが集まっている。これをより有効活用するために設立された会社だ。また、ユーザーは画一的なトレンドではなく、自分らしさを重視するようになった。企業は自社の哲学を持ったうえで、VOCを理解し、共感されるストーリーを作っていく必要がある」。
具体的な支援内容は、クラスタ分析に基づくマーケティング施策の立案、ターゲットや競合環境に応じたリブランディング支援、市場ニーズの把握による新カテゴリ・新ターゲット開拓、新商品開発支援など。「口コミなどの定性データと、行動・購買ログなどの定量データを掛け合わせることで、より深いインサイトを導き出すことができる」と押野氏は、コンサルティングの特徴を強調した。

前述のように、同社グループはメディア、ECサイト、店舗といった複数の顧客接点を有しているが、従来はチャネルごとにデータを分散管理していた。命名ルールが複雑で必要なデータを抽出しづらい、チャネル間でデータが孤立し連携できない、ユーザー単位でのデータ統合に時間を要する、といった課題を抱えていたという。
しかし、Treasure Data CDPの導入によって、各チャネルの顧客データが統合され、360度の顧客理解が可能になった。グループ内の各事業部門がより柔軟にデータを活用できるほか、企業支援では、クライアントが保有するデータを統合・分析するなど、より発展的な運用も期待されている。
一方で、現場のVOC分析では、杉本氏と同様の課題を抱えていた。コンサルタントはエンジニアにデータ抽出を依頼するが、細かな意図の伝達が難しく、データ抽出後の手戻りが発生するなど、エンジニアのリソースを圧迫していたのだ。
こうした課題を解決するため、同社では生成AIを導入し、非エンジニアでも自然言語でデータを抽出できる環境を構築。AIが自動で分析を行い、マーケティング施策の示唆まで導き出す仕組みを整えた。コンサルタントは、Treasure Data のAI Agent Foundryで構築した生成AIとの対話を通じて施策を深掘りするなど、より本質的な業務に時間を充てられるようになった。現在は主に、膨大な口コミ情報のテキストマイニングなどで、生成AIを活用しているという。
もちろん、課題も残されている。AIによるサマリ出力の精度は、それだけで十分とは言えず、人間が正確性や妥当性を検証する必要がある。社内で活用の幅を広げていくなら、運用フローの整備や権限管理などのガバナンスの充実も求められるだろう。
暗黙知の言語化が再現性の高いAIのカギ
そんなアイスタイルデータコンサルティングのデータ活用を支援するのが、マーケティングコンサルティング企業のハイブアイキューだ。
「日本語は難しい」と、ビジネス現場のコミュニケーションの課題を指摘する重原氏。「売上を出して」「顧客を分析して」と、日常で交わされるシンプルな言葉の裏には、粒度、範囲、定義など暗黙の「経験の前提」が無数に隠れているという。
人間同士であれば、こうした暗黙知に基づくコミュニケーションもある程度は成り立つ。しかし生成AIの場合、指示内容を明確に言語化しなければ、正確な回答は得られない。
この点を意識せず曖昧な表現を使い続ける限り、再現性と精度の高いAI活用は実現しないと、重原氏は強調する。

AIエージェントの前提となるデータベースの整理も重要だ。アイスタイルデータコンサルティングへの支援でも、「非常に時間がかかった点」と重原氏は振り返る。
データの階層構造や名称ルールにばらつきがあると、AIは正しいロジックに基づく判断ができない。AIはビジネスの背景を理解していないため、初期段階で前提情報を丁寧に教え込む必要もある。さらに、AIが前処理やチェックを飛ばしてしまう“省略癖”への対応や、売上や顧客数のずれといった集計ミスの修正にも苦慮した。
対策として重原氏が重視するのは、運用ルールの徹底だ。AIに求める内容の粒度・範囲・定義をリスト化し、ユーザーがチェックしたうえで指示を送る。曖昧な言葉で指示や質問をしないよう、問い合わせの形式も定めた。さらに、AIが指示を実行する前にユーザーへ再確認を行い、認識をすり合わせるフローも構築している。
このように生成AIは万能ではなく、設計と運用の両面でカバーすることで、信頼性の高いエージェントとなる。「データ整備、プロンプト設計、人材スキルの三位一体」(重原氏)のいずれが欠けても、ビジネスでのAI活用はうまくいかない。重原氏は、AIに頼り切って任せるのではなく、使いこなしてビジネスの質を高めるスタンスの重要性を説いた。
AIエージェントはVOC分析の屋台骨
押野氏は「クライアントも@cosmeなどの口コミをもとに施策を立案し、その成果を判断している。しかし、大量の口コミを人の手で分析するのは難しく、恣意的にいくつかをピックアップして根拠とするケースも少なくない。こうした状況に対してデータを俯瞰し、客観的な分析を提供するのが、私たちの仕事だ」と、現状のVOC分析の課題を指摘する。
そのなかで、口コミ分析の工数を削減し、分析手法や施策のヒントをレコメンドする生成AIの役割は大きい。毎週のようにVOC分析の結果を提示し、次の施策を検討する――そんなスピード感のあるサイクルのなかで、AIエージェントはすでに業務の屋台骨として機能している。
一方、杉本氏は「VOC分析におけるAI活用は、10年ほど前から検討されてきたが、2〜3年前までは成果が出なかった」と明かす。そのため、同社ではフリーアンサーを人の手で読み取り、解析するなど、VOC分析に多大な手間をかけてきたという。
しかし最近では、「ようやくAIに任せられる水準に近づいてきた」と杉本氏。テキストデータは数値化やポジティブ・ネガティブ分析など、多様な形で活用できる。 「可能性は無限大だ」と、今後の展望を語った。
こうした期待を踏まえ、問われるのは「生成AIをいかに現場で使いこなすか」だ。
押野氏は、同社の優秀なコンサルタントは、生成AIで有用なデータを導く術を「肌感」で理解しているという。「ルールを理解したうえで踏襲し、AIを信じる部分とそうでない部分を切り分けて、自身の業務を効率化している」と語る。
リテラシの高い社員が先行的に活用し、成功体験を組織に広げていく運用は、現実に効果の高いアプローチだ。そのうえで、CDPと生成AIの活用度をアカウントごとにモニタリングしながら、社内への浸透と、ガバナンスの整備を検討している。
重原氏は「ビジネスでAIを使ってみることが大事」と説く。「Pythonや機械学習を扱ってきた私たちにも、当初は『生成AIはよくわからない』と距離を置く雰囲気があった」と重原氏。実際の業務で活用してみてはじめて、その利便性を実感したという。「 トレジャーデータのAIを使うことで、他のAIにもトライするなど横の広がりもある」(重原氏)。
トレジャーデータでは、ユーザー企業にAIを体感していただくことを目的に「AIブートキャンプ」を開催している。特に経営陣が体験することで、活用・浸透が大きく進むことは多く、重原氏同様に「使ってみる」ことの重要性を感じている。
3人の体験談は、VOC分析やデータ活用を次の段階へ引き上げるAIエージェントの可能性を示している。関心のある方には、まずは実践し、業務へのインパクトを具体的に想定してみることをおすすめしたい。
