様々なデータを活用して顧客を深く理解し、カスタマージャーニーを描いて顧客に寄り添ったコミュニケーションを行い購買行動に導いていく。消費者向けのマーケティングにおけるこうしたプロセスの効率化は、法人向け営業でも実践されている。その好例が、ソフトバンクの法人部門だ。同社では、Treasure Data CDPとTreasure Data AIエージェントを中核に据え、データ基盤とAIを活用した顧客理解の深化や営業プロセスの効率化、そして新たな価値創造に挑んでいるという。同社では、法人向けのマーケティングや営業活動において、どのようにデータとAIを活用しているのか。ソフトバンク株式会社 法人統括 カスタマーグロース本部 本部長である原田博行氏が解説した。
ソフトバンクのデジタルセールスが直面した“アナログ対応の限界”とその解決策
まず、本題に向けた前提として、原田氏はソフトバンクが目指すデジタルセールスについて説明した。
インターネット黎明期から法人向け情報技術サービスで業界をリードしてきたソフトバンクは、通信分野などを中核とする「コミュニケーション」、データ基盤を活用した「データソリューション」、AIやロボティクスによる「オートメーション」、そしてこれらの領域を安全に推進する「セキュリティ」という4つの領域で様々なソリューションを提供し、企業の課題解決や事業成長を支援している。コミュニケーションをデジタル化するとデータが生まれ、それを集積・分析して情報として活用できるようにし、データとAIを使い業務をオートメーション化する。この3つの柱がソフトバンクの法人向けビジネスの中核を成しているのだ。
特に近年は、企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)に加えて生成AIやAIエージェントを活用した「AIトランスフォーメーション(AX)」の実現を推進しているという。「私たちの法人営業活動を通じて顧客企業が変革するとその先のユーザーも変わっていく。ひいては社会全体が変革していくと考え、あらゆる分野で業務のAI化に挑んでいる」と原田氏は語る。

こうした目標のなか、原田氏がリードするソフトバンクのカスタマロース本部が現在推進しているのが、ソフトバンクと法人顧客の接点にあたるマーケティング、インサイドセールス(非対面営業)、セールス(対面営業)、カスタマーサクセス(顧客サポート)を融合し、法人顧客のレベニューサイクルを全てカバーする組織体系だ。
AIソリューションを例にすれば、大手企業向けの大規模な案件ではニーズに合わせた細かなカスタマイズを行う必要がある一方、SMB(中小規模のビジネス)向けにはパッケージ化されたAI製品や既にAIが組み込まれた製品を非対面で調達したいというニーズが高まる。特に、カスタマーグロース本部では、中堅企業向けに非対面営業と対面営業を柔軟に組み合わせたハイブリッド型の営業スタイルや小規模ベンチャー企業向けにWeb完結型の営業スタイルを推進し、中堅企業・中小企業向けのAX・DX推進に注力しているのだという。
そうしたなか、原田氏は「(人による)アナログな対応では質の高い顧客対応に限界があるという課題が顕在化した」と語る。例えば、インサイドセールスによって顧客数が急激に増加していくと全ての顧客に対してサポートを人で対応するのには限界があり、サブスクリプション型製品の継続率にも影響を与える。また商材が多岐に渡ることでデータも分散してしまい、統合的に管理できるものもあれば統合しきれないデータも生まれてしまう。データを有効活用しようとしても限界があるというのが課題だったのだという。「(組織として様々な機能を統合しても)顧客対応が人によるアナログな対応を前提としていたので、それが限界に直面している。それをデータとAIを活用して改善している状況だ」(原田氏)。
こうした課題に対して、現在カスタマーサクセスで取り組んでいることが、データ基盤とAIエージェントを活用した顧客コミュニケーションの高度化だ。具体的には、既存の顧客に関する様々なデータをTreasure Data CDPに統合し、トレジャーデータのAIエージェントを活用して分析。ユーザー分析、ポテンシャルユーザーの発掘、施策の選定とコンテンツ生成、施策実行指示、効果測定などをオートマチックに行い、「マーケティング」「セールス」「カスタマーサクセス」の各機能に連携させていくという流れだ。「データの民主化によって、マーケティング、セールス、カスタマーサクセスの各部門がデータを活用して業務を効率化できる世界を生み出すのが目的だ」(原田氏)。

加えて、原田氏がリードする組織が「カスタマーグロース本部」という名称であることについて、原田氏は昨今のマーケティングトレンドの変化が背景にあると説明する。かつてはリードジェネレーションが当たり前だったように、幅広くリードを獲得してその中から見込み顧客を抽出して商談化していくというのが法人マーケティングの王道だったが、原田氏によるとこうした従来型のマーケティングファネルは有効性が薄れてきているのだという。現在はプロダクト戦略に基づいて対象となる購買グループに焦点を当てて、既存の顧客を中心としたアップセリング・クロスセリングに注力しカスタマーグロースを推進するというABS(Account-Based Selling)を基本方針として活動を行っているのだ。
それでは、具体的にソフトバンクは「マーケティング」「セールス」「カスタマーサクセス」の各領域でAIエージェントをどのように活用しようとしているのか。原田氏は具体例を挙げながら紹介した。
まずは、顧客との接点となる「カスタマーサクセス」について。製品を購入した顧客に対しては、導入の立ち上げ期から利用促進、継続支援、新たな価値創出まで顧客の様々なフェーズで適切なコミュニケーションを取る必要があるが、どのタイミングでどのようなアクションをするかの判断については「勘」に頼ってしまうケースが少なくないという。そこで、ソフトバンクではAIエージェントが顧客とコミュニケーションを取りながら様々なシグナルを抽出し、顧客がいまどのフェーズにいるのかを認識して必要なアクションを取っていくという形を生み出そうとしているのだという。AIエージェントはサービスの契約から契約更新まで自動で対応し、顧客のフェーズで問題が発生した際にはセールス担当者が適宜フォローするという流れだ。
こうした顧客対応の基盤にはTreasure Data CDPに統合されたデータがあり、CDPの情報をもとに顧客をセグメントし、アップセリングしたい商材に応じたカスタマージャーニーを設計してAIエージェントからメッセージを送るという形を想定しているという。「今後はデジタルチャネルだけでなく電話問い合わせなどのコミュニケーションについても顧客データと紐づけを行い、顧客のフェーズを理解できるようにすることがチャレンジのひとつだ。分断されたコミュニケーションを統合することによって顧客理解が深まり、対応の質を上げることで信頼を獲得できる」(原田氏)。
次に原田氏が紹介したのが、「セールス」におけるAIエージェントの活用だ。法人営業における重要なポイントは、提案先のレイヤー(役職)とその人の関心に合わせた適切な提案を行うことだが、これまでは仮説立案の精度はその営業担当者の勘と経験に依存することが多く法人営業そのものが属人的な性質を帯びたものだった。こうした課題に対して、顧客に関する様々なデータや過去の商談などのコンタクト情報、同じ業界における同業他社の動向、ネット上にある様々な情報をマージして適切な仮説提案を生成するAIエージェントを開発しているのだという。

「この仕組みの重要な点は(その時点での顧客情報に応じた)リアルタイムな仮説であるということ。その瞬間の顧客状況に応じてすぐにアクションを取ることが重要だ」と原田氏は語る。また、このAIエージェントは対面営業のサポートを想定しているが、この分析結果をマーケティング部門で活用することによって「AIエージェントが営業活動をする」という世界も実現できる可能性があるという。
最後に原田氏が語ったのは、マーケティング部門におけるチャレンジについてだ。ここでは、まず前提となる課題として、ソフトバンクのデータ管理の実情について説明した。ソフトバンクはこれまでM&Aによって様々な企業の事業を吸収・統合し、多角的な企業へと成長してきたという過程がある。それによって、表向きはソフトバンクというひとつの企業が展開している事業でも、裏側のシステムやデータ管理は統合前のものがそのまま残っているというケースもあるのだという。
そこで、こうした課題を解決するために、ソフトバンクではTreasure Data CDPに様々な事業のデータを一元的に集約し、データのサイロ化という課題を解決。その上で、トレジャーデータのAIエージェントを活用してデータ分析、セグメンテーション、アクションの設計・実施、商談の創出といったマーケティング業務の効率化を実践し始めているのだという。
具体的には、訴求したい商材のターゲットリストを抽出し、施策の反応を元にセグメントを精緻化するエージェント、顧客向けウェビナーの視聴状況の分析を自動化し改善策を探るエージェント、商材や訴求内容に応じて最適な案内メール文案を生成するエージェント、受注実績を分析して商材ごとの傾向を可視化したり営業・マーケティング施策の改善策を提案するエージェントという4種類のエージェントを駆使して、マーケティング業務の効率化、最適化を推進しているのだ。
「データ分析・セグメント・アクションの企画といったところに5人で1週間くらいの工数を掛けていたところを、AIエージェントを活用しながら動かし始めている。特に顧客を取り巻く環境変化や世の中の情勢変化に素早く対応するためにも、データ分析と提案のサイクルにはスピードアップが求められる。マーケティングのアジリティを上げていき、顧客の状況に応じた柔軟な提案を可能にすることが現在の課題だ」。
(原田氏)
AIエージェントの活用で、マーケティングの運用時間が大幅に削減
このように、AIエージェントを活用した業務の最適化、効率化に取り組むソフトバンクは、どのような効果を生み出しているのか。原田氏はマーケティング領域における効果について、いくつかのトピックスを紹介した。
まずは、工数の削減効果だ。顧客に対するメール施策の運用においては、顧客データを分析し、対象をセグメントし、そのセグメントをメールシステムに連携させるというワークフローをTreasure Data CDPとAIエージェントに任せることによって、業務対応時間を約94%削減することに成功したという。

加えて、受注金額に対するマーケティングの貢献度も向上。2024年上期と2025年上期を比較して、貢献度は4.3%向上したという。「受注金額全体が増加しているためAIエージェントによる施策がどこまで効いていたかはさらなる考察が必要だが、マーケティング施策のスピードアップが受注金額の増加に貢献したと言えるのではないか」と原田氏は語る。また、商材に対する顧客からの問い合わせ件数も、2025年上期は対前年比で19%向上したとしている。「まずは、AIエージェントを活用しながらマーケティングのスピードアップをするというところから、AIの活用にトライするとよいのではないか」(原田氏)。
最後に原田氏が提唱したのは、人とAIが協働するデジタルセールスの実現だ。Treasure Data CDPをはじめとするデータ基盤は進化を続け、AIエージェントの実装によって統合したデータに対するアジャイルなエンジニアリングが容易になった。こうしてデータが民主化したことによって、セールス・マーケティング・カスタマーサクセス領域の様々な業務において精緻化されたデータを活用できるようになったが、原田氏は「私たちはそれらを活用しながら、最終的にはまだまだ人が中心のデジタルセールスを展開している」と語る。つまり、顧客とのコミュニケーションやセールスの大部分はAIエージェントに任せながら、人によるサポートが必要な部分は担当者がしっかりとフォローするという分業によって、セールス・マーケティングを効率的に推進するという考えだ。
「私たちは、AIエージェントを業務に実装するなかで様々な失敗もしてきた。そうした経験も含めて私たちの取り組みを皆さんと共有し、日本全体をAIで進化させていくAXインテグレーターとして業界をリードしていきたい」(原田氏)。



