ソフトバンクでは、通信キャリア事業に加え、企業のDX支援や電力サービスなど、多様な事業領域でCDPを活用した施策を展開。数百人に及ぶ社員が、Treasure Data CDP のアカウントを保有し、データドリブン経営を実践している。
その基盤をつくっているのが IT統括ビジネスシステム開発本部 だ。とりわけCDP開発課は顧客データ基盤の構築を担い、現場のニーズを汲み取りながら、Treasure Data CDPの活用を推進する。注目すべきは、強固なガバナンスを実現する独自のシステム開発と、週1回の「CDP活用連係会」の実施など現場密着型のサポートだ。
中杉和弘氏、濱崎航太氏、野見山陸氏の話からは、データ活用をリードするすべてのIT部門にとって、示唆に富む知見が得られた。

現場と協調して使いやすいデータ環境を構築
ソフトバンクの社内向けに、業務の基盤となるシステムを提供するのが、IT統括ビジネスシステム開発本部のミッション。「求められるのは、単なるシステムの提供ではなく、サービスの提供だ」と、中杉氏はその本質を語る。
ユーザーとなる各事業部門は、個人・法人の顧客にさまざまなサービスを提供している。そのためのシステムは、単に機能を満たすだけでなく、サービス提供を見据えたものでなくてはならない。
本部の中でもCDPの開発運用を担う中杉氏、濱崎氏、野見山氏らのチームで言えば、「お客様が欲しい情報を、欲しいときに、望むやり方で届けるのがイシュー」(中杉氏)だ。
Treasure Data CDPはユーザーを一意に特定し、ピンポイントで情報を届けるためのツール。現場で機能させるため、扱いやすいデータの整備、フットワークのよい運用体制、現場への啓発とレクチャー、さらに極めて重要なセキュリティ・ガバナンスと、チームへの要求は多岐にわたる。そのすべてにおいて、3氏の姿勢は極めてアクティブだ。
たとえば、Treasure Data CDPの全社的な導入がはじまった2年前から、CDP開発課が週1回開催しているのが、部門横断の「CDP活用連係会」だ。社内では、個人向けの通信キャリア事業、DX支援など法人向けのサービス、家庭向けのインターネット回線、さらには電力サービスなど、各部門が独立して事業を推進している。そんななかで、CDPの開発の進捗を共有するとともに、それぞれの要望を吸い上げたうえで、ビジネスの実態に即したデータ基盤をつくるのが、CDP活用連係会の目的だ。「将来的にはソフトバンクの社内に閉じることなく、LINEヤフーやPayPayなどグループの事業とも連携して、大切なお客様のデータの扱いを考えていきたい」と中杉氏は展望する。

ビジネスの現場でデータを運用するうえで、特に重要なマスタデータに関しては、濱崎氏を中心とするサブタスクワーキングも立ち上げている。「お客様に関するデータが、CDPに入っていれば良いわけではない」と濱崎氏。データに不慣れな事業部門のメンバーにも、使いやすい環境をつくるため、類似するデータの削除や、わかりやすい項目名(カラム名)への統一など、マスタの整備が必須なのだ。
その際は、現場の要望を丹念に聞き取ると同時に、メンテナンス性も考慮するなど、全体のバランスを取らねばならない。IT部門が主体となり、現場と協調しながら、サービスとしてのデータ基盤を育てていく。
また、野見山氏はTreasure Data CDPの展開にあたり、社内向けのヘルプサイトの制作を推進した。「ユーザーが抱く疑問を、先回りして作った」と野見山氏。データを扱う権限申請の手順から、格納されるデータの一覧、活用事例など、ユーザーにとって必要な情報を充実させている。
こうしたきめ細かさは、実際にCDPの活用を進めるうえで極めて重要だ。従来のやり方に慣れた現場が、新しい技術や仕組みを導入する際には、摩擦もストレスもある。同社では地道な活動の甲斐あって、数百人のユーザーがTreasure Data CDPを活用するに至った。トレジャーデータのユーザー企業のなかでも、トップクラスのアカウント数だ。
セキュリティと使い勝手を両立する独自のシステム開発
事業部門でCDPの活用を進める前提となるのが、厳格なセキュリティの管理、そのためのガバナンスの構築だ。特に、ソフトバンクは通信キャリアという特性上、顧客データの保護は事業の存続に影響しかねない重要課題となる。CDP開発課では、これまで2年をかけ、安全な基盤づくりを行ってきた。
センシティブな顧客情報を守るには、部門・役職・データ種別ごとに細かく権限を管理する必要がある。さらに、実際のキャンペーンなどを行う際は、他のツールとの連携が発生する。システム間をまたぐデータのやりとりには、特に厳格な管理が欠かせない。
まず重要になるのは、データの利活用案件を一元管理する部門との連携だ。個人情報保護法や特定商取引法などの法令と照らし合わせ、ひとつひとつ確認をとりながら、ルールを設定していった。
運用は、外部監査やJ-SOXに対応する社内システムに準拠する仕組みを構築。既存のワークフローシステムとTreasure Data CDPを連携させ、通常の承認・申請フローの中でデータアクセス権限の付与・管理を行えるようにした。

システム連携の面では、CDPと独自システム間のコネクタをスクラッチで開発した。「お客様の大事なデータは、極力社内で管理したい」と中杉氏が言うように、同社では多くのマーケティングツールを自社で開発している。メール配信などに利用するMAツールもそのひとつで、Treasure Data CDPが外部SaaS向けに用意している標準コネクタでは、要件を満たせなかった。「特に開発初期は苦労したが、トレジャーデータの技術支援もあり短期間で完成させることができた」(中杉氏)。
顧客へのメール配信など、実際の施策にデータを用いる際は、CDPのシステム内で行う分析業務より、一段高いセキュリティ対策が求められる。同社は、既存のワークフローシステムと連携した承認フローを整備し、実行前に担当者が上長の承認を、必ず得る仕組みを構築した。Treasure Data CDPにはデータ出力時の承認機能がないため、独自開発で実現している。
「データの民主化」へ、社内への浸透を図る
ここまで社内のルール、システムを整備して、「第1フェーズが完了したところ」と中杉氏は現在地を評価する。次なる挑戦は現場のCDPの活用のさらなる拡大と深化、中杉氏いわく「データの民主化」だ。CDP開発課では、各事業部門への啓発、レクチャーを進めている。
CDPの導入以前から、各事業部門のエンジニアは自らSQLを入力し、社内システムからデータをダウンロードして施策を行ってきた。手間はかかり、実現できることも限られるが、前述の通り慣れた業務を変えることは、現場のストレスを伴う。「なぜTreasure Data CDPを使う必要があるのか?」と、移行が進まないケースもあるという。
しかし、同意を得た顧客のWebサイト上の行動履歴を施策に反映させたり、GUIでセグメントを作成する(オーディエンススタジオ)といった作業は、従来どおりの業務フローでは難しい。また、Treasure Data CDPでは、顧客データをローカル環境にダウンロードすることなく、システム内で運用できるため、安全性の面でも移行が望ましい。

CDP開発課は、こうした「CDPでなければできないこと」を、前述のCDP活用連係会や日々のコミュニケーションでアピールする。その結果、「最近はデータ整備などCDPの活用のための依頼が増えてきた」(濱崎氏)と、現場への浸透が進んでいるという。
トレジャーデータとしても技術、運用の両面で、サポートの重要性が増す局面だと認識している。これまでの関係性については、
「システムの性質や事業・組織の特性など、社内事情を考慮したうえでの支援があった」(濱崎氏)
「トレジャーデータが次々公開する新機能は魅力的だが、ガバナンス上、慎重な検討が必要。データの流れについても、密に連携してきた」(野見山氏)
とポジティブに評価している。今後も現場に近い位置で、実情に即したコミュニケーション、開発支援を行っていく。現状では、週1回の定例で「よろず会」と呼ぶミーティングを開催している。特定のアジェンダを設けず、ソフトバンク、トレジャーデータ両社の技術者が自由に意見を交換する場だ。会議の議題にはなりにくい細かい課題や互いの疑問を、フランクに持ち寄れる環境づくりを狙っている。
AIエージェントのインパクト
今後の展望について中杉氏は「ビジネス側の要望としては、AIへの期待が高まっている」と指摘。「セキュリティ上のハードルは高いが、運用が実現すればリターンは大きい」と、強調する。

同社は現在、トレジャーデータが提供するAIエージェントファウンドリーを、テスト運用中だ。濱崎氏はユーザー視点で、その可能性を語る。
「アウトプットの質が大きく変わる手応えがある。従来は人が担っていた分析プロセスの一部をAIが代行し、グラフ出力や施策提案まで支援してくれる。分析のスピードは確実に上がり、データに不慣れなメンバーでも扱えるだろう。うまく”使っていかなければならない”テクノロジーだと感じた」。
AIエージェントが滑らかに機能する前提としては、生成AIが解釈しやすいデータベースが欠かせない。濱崎氏が取り組んでいるマスタデータの整理など、現在の地道な取り組みは、将来の発展的なマーケティングの土台づくりとも言える。
AIエージェントをはじめ新技術の導入では、厳格なセキュリティとそれを支えるガバナンス、そして現場が使いやすい環境づくり――つまり「サービスを見据えたシステム開発」の重要度が極めて高い。中杉氏、濱崎氏、野見山氏らの粘り強い基盤づくりは、持続的な成長の原動力となる。




